承継で最初に確認すべきことは、制度でも税務でもなく、ご家族の本音かもしれません。
先生は、ご子息に病院を継ぐお考えがあるのか、正式にお聞きになったことがあるでしょうか。
「医師になっているのだから、いずれは考えてくれているだろう」
「家族のことだから、あらためて聞くのは難しい」
「もし断られたら、その後どうすればよいのか」
そのようなお気持ちは、決して珍しいものではないと思います。
これまで多くの病院理事長とお会いしてきた中で、承継の話になると、急に言葉が少なくなる先生がいらっしゃいました。
経営の話、診療報酬の話、職員の話、金融機関の話。
そうした話は、非常に冷静にされます。
しかし、ご子息の承継の話になると、少し間が空く。
その沈黙の中に、理事長としての重責と、親としてのお気持ちの両方があるように感じてきました。
病院の承継は、一般の会社の承継とは少し違います。
建物や設備を引き継ぐだけではありません。
医師、看護師、職員の生活があります。
地域の患者さんがいます。
長年積み上げてきた信用があります。
そして、医療法人特有の制度の問題もあります。
たとえば150床前後の病院であれば、職員は数百名に及びます。
その病院を誰に引き継ぐのかという問題は、単なる家族内の話では済みません。
経営環境も、以前とは変わってきました。
診療報酬改定のたびに、先生方の表情が少し険しくなる場面を、私も何度も見てきました。
だからこそ、先生方は簡単には聞けないのだと思います。
ご子息が医師である。
それは、確かに大きな可能性です。
しかし、医師であることと、病院を継ぐ覚悟があることは、同じではありません。
勤務医として診療に向き合うこと。
理事長として病院全体を背負うこと。
この二つの間には、大きな距離があります。
診療の責任だけではありません。
経営、人事、資金繰り、職員との関係、地域との関係、行政対応。
理事長になるということは、それらを最後に引き受ける立場になるということです。
ご子息にも、ご子息の人生があります。
勤務先があります。
ご家族があります。
配偶者のお考えもあります。
お子様の学校や生活環境の問題もあります。
そのため、「医師だから、いずれ継いでくれるだろう」と考えていても、いざ正式に話をすると、思っていた返事と違うことがあります。
私が現場で見てきた中でも、理事長がご子息に対して、正式に面と向かって承継の考えを聞いていないことは少なくありませんでした。
ご子息も、なんとなく将来のこととして考えている。
理事長も、なんとなく継いでくれるのではないかと思っている。
しかし、その「なんとなく」のまま時間が過ぎていくことがあります。
そして、いよいよ承継の話をしなければならない時期になって、初めてご子息の本音を知る。
その時に、想定していた承継の形が大きく変わってしまうことがあります。
もちろん、早く聞けばよいという単純な話ではありません。
先生も、聞かなければならないことは十分にわかっておられるはずです。
それでも聞けない。
そこには、親としての怖さがあります。
もし断られたらどうするのか。
病院を継ぐ気がないと言われたら、自分は何を準備すればよいのか。
他の子供たちにはどう説明するのか。
職員にはいつ伝えるのか。
第三者への承継まで考えなければならないのか。
一つ聞くことで、避けてきた問題が一気に現実になる。
だからこそ、聞くこと自体が重いのだと思います。
ただ、現場を見てきて感じるのは、聞きづらいことほど、時間が味方にならないということです。
ご子息のお考えがはっきりしないままでは、承継の準備は具体的に進みません。
理事長が健在で、直接ご自身の言葉で話せるうちは、まだ選択肢があります。
しかし、体調を崩された後や、急に判断できない状況になった後では、先生の本当のお考えが周囲に十分伝わらないことがあります。
承継準備とは、制度を整えることだけではありません。
税務や法務の問題を整理することだけでもありません。
まず、先生のお考えを確認すること。
そして、ご家族の本音を確認すること。
その確認があって初めて、次に考えるべきことが見えてきます。
ご子息は、本当に病院を背負うお考えがあるのか。
親族内で引き継ぐことが難しい場合、どのような選択肢を残しておくのか。
職員や地域にとって、どの形が最も混乱を少なくできるのか。
これらは、どれも簡単に答えが出る問題ではありません。
だからこそ、早く結論を出すためではなく、後悔の少ない選択肢を残すために、少しずつ考えておく必要があるのだと思います。
私はこれまで、病院理事長の先生方と長くお付き合いする中で、承継の話がどれほど繊細なものかを何度も感じてきました。
外から見れば、「子供に聞けばよい」と言えるかもしれません。
しかし、実際にはそう簡単ではありません。
理事長としての責任。
親としての期待。
断られた時の怖さ。
地域への責任。
職員への責任。
そのすべてが重なっているからです。
ただ、それでも一度は聞かなければならない時が来ます。
「継いでくれるはず」ではなく、
「本当に継ぐ考えがあるのか」。
その確認は、先生にとって辛い時間になるかもしれません。
しかし、病院を守るためには、避けて通れない時間でもあります。
承継の準備には、制度や税務より前に、確かめておくべきことがあります。
それは、ご家族の本音と、先生ご自身のお考えです。
病院の将来を守るために、まず確認しなければならないこと。
それは、ご子息の本音なのかもしれません。
すぐに何かを決める必要はありません。まずは状況を整理したい、という段階でもご相談ください。